閉ざされた島の昭和史   国立療養所大島青松園 入園者自治会五十年史

目次 Top


発刊のあいさつ

大島青松園入園者自治会(協和会)
       会長 神 崎 正 男

昭和6年3月8日、長年の、強権による弾圧に抵抗し、入所者の総意を結集して、自治会(協和会)が結成されました。
 軍国主義下の、富国強兵政策のもとで、兵力にも、生産力にもなり得ない人間の、権利や人格など、ものの数でなかった時代であっただけに、当時の入所者の生活は、自由を束縛され、辛苦にみち、いかに悲惨なものであったか、自治会結成にいたるみちのりは、言語に絶する苦労の連続であったと、記録は赤裸々に証言しています。
 以来、先輩諸氏の、なみなみならぬ努力によって、多くの成果をあげながら、自治会活動は営々として受けつがれ、今年(昭56・1981年)で50周年をむかえることになりました。この大きな節目にあたり、わたくしどもは、半世紀の軌跡をたどって記念誌を発刊し、貴重な生の証しとするとともに、療養所の歴史と実態を、広く世に明らかにすることにしました。
 本書に集約されたものは、単なる記録や回顧録ではなく、真の人間回復を求めつづける入所者の血の叫びであり、社会への告発の書でもあるのです。また、有効な治療薬のない時代において、好むとこのまぎるとにかかわらず、義務的に、施設運営のための重労働に就労させられ、病状が悪化して、悲惨な生涯を閉じた一千七百五十余名の霊前に捧げる鎮魂の書でありたいと思っております。
 明治の末期から昭和の初期にかけて、政府は、山間僻地や離島に、ハンセン氏病療要所を設置し、国土浄化の名において、犯罪人同様に、患者を官憲の手で取締り、強制収容してきました。そのために、入所者は、社会的地位や名誉、財産を一挙にうばわれ、残された家族は、破滅の追をたどるしかありませんでした。
 本病に対する恐怖心や差別感情は、ハンセン氏病の撲滅政策を推進し、成功させるために、意図的に国によってつくり出されたものであることを忘れるわけにゆきません。
 強制隔離撲滅という側面からのみ考えると、わが国におけるハンセン氏病患者も、八千人余りに滅少しているので、国の政策は、その目的を果しつつあるといえるかも知れませんが、その一方で、国の目的を達成するためには、侵すべからぎる人間の尊厳を、公然と無視して憚らなかったという重大な過失があったことを、本書をとおして、あらためて指摘せざるをえません。
 ハンセン氏病は、化学療法の進歩によって、すでに治癒するようになり、ほとんどの入所者が回復者となっております。
 しかし、今日においても、偏見や差別の問題は、社会に深く根を張り、わたくしどもや家族の上に、多くの影響をあたえております。
 たとえば、入所者の成人病対策の面において、一般社会人なみに、より高度で、専門的な医療が享受できるよう追求しつづけておりますが、一般の公的医療機関であっても、その多くは、回復者に対してすら、門戸を閉ざしており、そこに医療差別は歴然と存在しているのです。
 今日では、入所者の平均年令も60歳となり、残された生涯はそう長くはないだけに、自らの生きぎまを、あらためて見つめなおしていますが、わたくしどもは、差別に打ちひしがれ、人生の敗北者としての汚名だけは返上しなければならぬと考えています。
 しかし、偏見や差別は、わたくしどもに対してのみならず、在日外国人、部落出身者、身体障害者、難病患者等に対しても根強く存在していることからみて、日本人の精神構造の問題であり、重大な社会問題であります。
 本書は、その意味において、古くて新しい今日的な問題を提起し、多くの教訓と示唆をあたえてくれるものと確信します。
 今日まで、長年にわたって、わたくしどもの自治会とその運動を理解し、ご指導くださった各位に深く感謝をささげたいと思います。
 また、記念誌発刊にあたり、有形無形のご援助をたまわった多くの方々に厚くお札を申しあげます。
 わたくしどもも、今後生きている限り、諸問題を解決し、真の市民権を得るために、努力しつづけなければならないと決意を新たにしておりますので、一層のご指導とご支援をいただきますように、お願いを申しあげます。





「閉ざされた島の昭和史」大島青松園入所者自治会発行
昭和56年12月8日 3版発行


Copyright ©2007 大島青松園入所者自治会, All Rights Reserved.