投稿作品
初春三日  東條康江さん・・・青松園在住     「青松」625号所収
訪いくれし若き人らの笑い声がわが部屋に満つ初春三日
里帰りなしたる如くくつろぎて夫の作りし散らし寿司食ぶ
訪いくれし国語教師の寡黙なりわが短歌をもて心通わす
お互いの暮らしぶりなど語らいてこころ和めり初春三日
山畑に夫の作りしネギ・カブラ友ら喜び持ち帰りゆく
宿願の世の正視   松浦篤男さん・・・青松園在住     「青松」625号所収
千メートルのこの海峡を塀としてらい者を隔離せし日も遠し
不可抗力なるに身内にも疎外されき身の崩れ醜くなる病とて
肉親の一人といていぬ君の葬儀らい隔離違憲に勝訴してなお
これが真の人の世なるかハンセン病滅びて差別の非が叫ばるる
世の正規ようやく受くるべくなりぬハンセン病滅び五十年経て
二枚舌  政石 蒙さん・・・青松園在住     「青松」625号所収
建前は非核三原則堅持本音は核兵器保有願望
仲間らに本音を吐かせ自らは建前を本音のごとく良ひ張る
核兵器には核兵器もて対す危ふき議論為すも可とする
討論を重ねるほどに建前と本音の使ひ分け露なり
建前は建前本音は本音よと開き直りしごとき答弁

鴉の一声  桜こと羽さん・・・大阪在住     「くれない」56号所収
街路樹の落葉の路の突き当たりを右に曲がれば冬の入り口
いたづらに過ぎゆく日日のもどかしく吾が存在の手ごてへが欲し
老いし掌を広げ何かを待つやうな無花果の葉に冬の日の束
今日ひと日やさしき言葉の宿るやう鏡に向かひ口すすぐ朝
夜の明けに聞こえし鴉の一声が八卦のやうに一日を左右す
ことごとく凶が支配する一日を私の後ろで嗤うのはだれ
満たされぬ心をふたつ並べたら右と左に転んでいった
ひたぶるに求むるは何ゆるぎなく暗きみ堂にともるひとつ灯
男の朗笑  山本らつさん・・・大阪在住     「黒曜座」51号所収
ざんぶざんぶと波は揺れおり瀬戸内の浜は祭りさ魚も踊れ
大漁旗かかげて進む船たちの帆先に立てる男の朗笑
名も知らぬ海鳥たちの波に揺らる母の腕に抱かるるごと
船の辺にまつわりつける白浪の潮の香吸いて吾も海なる
波よ波 砕け飛び散れこの地球の生命の水となりて溶けゆけ
まばたきもせず見つめ合う魚と吾の間を分かつ五ミリのガラス
「帰してよわたしの生まれたメコン川に」大きく口あけトーマシーの叫ぶ
ここで生きここで終らんこの魚の魂はいつもメコン川泳ぐ
この宇宙に吾も住みおり人間としての生きいる生命の形 違えど


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