投稿作品
夫婦花  東條康江さん・・・青松園在住     「青松」637号所収
二鉢の梅の古木を賜りぬ七十五歳の我が誕生日
鉢植えの梅の古木の幹太く我が腕ほどもあると夫の言う
食卓の梅の古木に花咲きぬ仄かに甘き部屋に満つ
暖房の利きたる部屋に二本の梅の古木は満開となる
梅古木ピンクと白の夫婦花我らも年輪かさねて生きん
病篤き妻   松浦篤男さん・・・青松園在住     「青松」637号所収
休む間なき顔面痛に明るかりし妻に笑ひの絶えて九年
顔面痛に衰へしるき妻襲ふ卵巣嚢腫はた脾臓癌
入院し妻はをらぬに苦しめる声聞こえ覚めまた起き上がる
入院し妻ゐぬ卓にはやばやと朝餉済ませて勤めに出づる
自活叶はぬ不具の身のけじめとも入籍せぬ妻と三十八年
戦時越へきて  政石 蒙さん・・・青松園在住     「青松」637号所収
懐古調まではよけれどいつとなく復古調へと変はる危ふき
貧しさを絶ふる辛さも歳月にうすれ昔をただ懐しむ
ぼーんぼーんのどかに時を告ぐる時計ありたり昔貧に喘ぎつ
貧しくて進学叶はず小学校を卆へ就職したり
右傾化のひたひたひたと迫りくる気配に敏し戦時越えきて

童話によせて  桜こと羽さん・・・大阪在住     「くれない」70号所収
気構へは怠りなく赤頭巾ちゃん街の中にもオホカミがゐる
春昼のまどろみに来て歌ふのは井上揚水はた青い鳥
森に遊び迷ひたる日の兄と吾に似てゐて否なるチルチル・ミチル
「居間通り」「キッチン通り」を闊歩なしはだかの王さま湯船に至る
くりや辺の明かりを落としシンデレラ踊ることなき十時の眠り
住む国の同じにあらば出会ひけむおやゆび姫と一寸法師
湖に遊べ白鳥うつし世に染まらば醜きアヒルとならむ
老ゆる身にオカリナひとつ携へてブレーメンの音楽隊へ
パチンコ哀歌  山本らつさん・・・大阪在住     「くれない」70号所収
五人めの愛人の影の濃くなりて等身大の姿見えし日
四人子を産みたる町は聖地なりその聖地にてパチンコをせむ
脳味噌のなかで蠢く<愛人>の文字は大きく広がるばかり
無になりてただひたすらに玉を打つ夫の愛人葬るまでを
パチンコは女の苦海の捨て処そんな顔して台と向き合う
男も女も遊びなすその裏は悩みの雲がたちこめてをり
ぽろぽろとこぼるる泪ふきもせず玉打つわれを男が覗く
この店の半分は女楽しげに玉を打つ者苦を秘むる者

わたしのイーハトーヴ  大坪 冨美子さん・・・北九州在住     
今はなほイーハトーヴの森陰に山猫レストランあるやも知れず
芝草にドレスの裾を引きながら花嫁がゆく小岩井農場
惜しげなく子等は転びて秋晴れの小岩井農場に風光りゆく
君よりの愛はあまねくみちのくにりんごは赤く量感満てり
林立のビル群見えて混沌の此岸に還る列車よ止まれ
蒼穹のいづくに賢治棲み給ふ一筆啓上恋ひしく候
世に古りて曇りし眼鏡拭きくるる御手とぞ思ふわたしの賢治

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