投稿作品
友ありて  東條康江さん・・・青松園在住     「青松」638号所収
若き日に縫工作業に従いし友に会いたり治療棟にて
目を洗う順番待ちている我の手をとり声をかけくれる友
目の見えぬ我に声かけくれる友の声の優しさ只ありがたし
縫工の技競いたることありき共に七十路の我と友なり
お互いに歳を重ねて衰えし友想いつつひと日過ぎたり
永久の別れ   松浦篤男さん・・・青松園在住     「青松」638号所収
義肢なれど病み篤き妻看に通へる幸を思ひて船に乗りたり
救ふ街既に尽きしか幾日も瞬き一つせず喘ぐ妻
幾日も瞬き一つせず瞠る病み篤き妻の辺にただ座る
身を固く永久の別れを覚悟せり吐く息のみとなりし妻の辺
妻の死顔安らかなるに救はれぬ九年の顔面痛の果て
君逝きぬ  政石 蒙さん・・・青松園在住     「青松」638号所収
何気なくとりし受話器に聞く訃報またも年下の友を失ふ
カトリック信者の君と無宗教のわれにして何故か心通へり
わが所属する短歌誌に加はりし君と励みたる日を懐しむ
月毎に短歌携へ療園のわれに来て二人の歌会弾みき
律儀なる君は歌歴の長きわれに対して常に慎ましかりき

さくら花びら  桜こと羽さん・・・大阪在住     「くれない」71号所収
遠山に春来たりけり花をつけ自己主張なす桜の大木は
杖をつき昼の散歩をなす叔母に道の桜が力を呉るる
朝な夕な工夫の見上げてゐしさくら工場跡地の虚空に咲くも
池の面にさくら花びら散りそめてそれより始まる魚族のうたげ
野に遊ぶひとりの春を狂はせる桜さびしゑどの花よりも
野遊びのほこりを払ひたたむ帯にはつか湿りし花の手触り
春とふはうすべに色の夢なれや祇園小路に花の嵩積む
暮れ色の深む祇園や川の面に散りて際立つさくら花びら
一瞬宇宙を  山本らつさん・・・大阪在住     「くれない」71号所収
眼つぶり一瞬宇宙をさ迷ひぬ<死>とはさういふものかも知れぬ
死神がわたしの前を過ぎるまでただ生き回る息を潜めて
排ガスの中を飛びゆく紋黄蝶苦しくないか生きゆくことは
果てしなきこの宇宙に在る地球とは我にとりては四畳半なり
宇宙に浮かぶ小さな地球の片隅に心臓を病む女がいるよ
現世に女人と生まれうつろひぬ幼女・乙女はいま姥桜
燃ゆる赫われの血潮の色と化し六十一歳のいのち育む
生命とは限り有るもの夏に鳴く蝉と等しき人なる吾れも


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