第2部 「灯台」の群像
第6章 闇からの開放
67 短歌
故 植 田 空 如
病める身のとみに弱りしこの日頃只何物か迫れるごとし
病み臥る我が行末を思ひをり胸に湿布をしてもらひつつ
故 大 河 竹 緒
大風子油注射のあとをもみながら憩ふ松蔭油蝉のこゑ
病室の廊下をゆけば眼帯を透し眼にしむ潮風の吹く
故 大 西 百合男
愛国歌唱ひつ手に手に毬をつき少女寮舎の門賑はへり
病友は盲の吾の詠む歌を病舎訪れ清記なしくるる
故 亀 田 津琉緒
衰へし視力に対ふ紫腸花の花むらさきのひんやりと沁む
手探りによる盲目の指にふれ露ふりこぼす白菊の花
故 神 田 慶 雨
眼を病めばもの思ふ日の多くなり机の前にひとり黙しぬ
隣室にたれか持て来しカナリヤに病臥る身の心なごめり
故 武 田 正 夫
芽生えゆくものの匂ひよ山路きて心ははづむ盲の吾れも
盲われのたよる古びしこの杖を矯めなほすなり春めく縁に
故 谷 口 岩 出
眼の薄く掌の不自由と聞く友が吾がため書ける筆の音する
まなじりに微かに残るうす明りこの儚さをひたたのみつつ
故 山 口 進四郎
朝の雨からりと晴れて患者らの相撲太鼓の鳴り出しにけり
手探りに障子開けば花の香を持て来る風のすがしかりけり
故 山 本 徳 郎
目にたちて白髪殖えしと聞く母を人に委せて何時迄か病む
月はまた雲を出でたらし我が眼にも物見ゆるがにあたり明るき
|