わたしはここに生きた   <盲人会五十年史> 国立療養所大島青松園盲人会五十年史

                   本書をハンセン病盲人に愛と理解を寄せられた多くの人々に捧げる

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第2部 「灯台」の群像

 第6章 闇からの開放

 67 短歌          

                  植 田 空 如

病める身のとみに弱りしこの日頃只何物か迫れるごとし

病み臥る我が行末を思ひをり胸に湿布をしてもらひつつ

                  大 河 竹 緒

大風子油注射のあとをもみながら憩ふ松蔭油蝉のこゑ

病室の廊下をゆけば眼帯を透し眼にしむ潮風の吹く

                  大 西 百合男

愛国歌唱ひつ手に手に毬をつき少女寮舎の門賑はへり

病友は盲の吾の詠む歌を病舎訪れ清記なしくるる

                  亀 田 津琉緒

衰へし視力に対ふ紫腸花の花むらさきのひんやりと沁む

手探りによる盲目の指にふれ露ふりこぼす白菊の花

                 故 神 田 慶 雨

眼を病めばもの思ふ日の多くなり机の前にひとり黙しぬ

隣室にたれか持て来しカナリヤに病臥る身の心なごめり

                  武 田 正 夫

芽生えゆくものの匂ひよ山路きて心ははづむ盲の吾れも

盲われのたよる古びしこの杖を矯めなほすなり春めく縁に

                  谷 口 岩 出

眼の薄く掌の不自由と聞く友が吾がため書ける筆の音する

まなじりに微かに残るうす明りこの儚さをひたたのみつつ

                 故 山 口 進四郎

朝の雨からりと晴れて患者らの相撲太鼓の鳴り出しにけり

手探りに障子開けば花の香を持て来る風のすがしかりけり

                 故 山 本 徳 郎

目にたちて白髪殖えしと聞く母を人に委せて何時迄か病む

月はまた雲を出でたらし我が眼にも物見ゆるがにあたり明るき

 

  




「わたしはここに生きた」大島青松園盲人会発行
昭和59年1月20日 発行


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