第2部 「灯台」の群像
第2章 失 明
13 縫い針 松 野 鏡 子
女性にとって縫い針は欠かすことのできないもので、わたしは裁縫を仕事と思わず、趣味としでたのしんできました。縫い針をもてば心が静まり、1枚1枚仕上っていく着物を見るとき、たとえようのない嬉しさでした。
ところが、10幾年前に、私はハンセン病によって視力をうばわれ、縫い針とは縁遠いものになり、毎日部屋の隅に坐っておりました。同じ寮の姉妹たちが笑いながら針仕事をしているのを、どんなに羨ましく思ったことかわかりません。
そんなある日、ヘレン・ケラーさんの話を聞いて、ヒントを得たのです。わたしは自分の手が麻痺していないことに気づき、針をもってみようと思いました。たとえボタン1つ付けるのに1日かかっても、ひとの手を借りずに済めばいいじゃないか……と、夫の上着のボタンを取って付けてみると、思ったより早く出来、大成功でうれしく、涙が出ました。それからは自信がつき、ボタンはもちろん、ほころび、継ぎあても出来るようになりましたが、厄介なのは糸を通すことでした。糸を長くしてもらってももつれたり、使ってしまえばまた頼まなければなりません。なんとかして自分で糸をつなぐ方法を考えました。まず、使い残りの糸の先を2本に割り、糸巻きの糸の先も2本に割って、4本の糸の先を合わせてよりますと、細く1本になります。そうして、針を糸巻きの糸にわたらしてみますと、うまく継ぐことが出来ました。この方法で10年近くやってきましたが、針を落とすとか、針の重みで抜けてしまうことがあって、これも完全ではありません。
そこで今度は、直接糸を針に通してみようと思いました。糸の先をなるべく唾で細くより、それを針の穴に見当でもってゆき、唇で引っ張ってみますと、運が良ければ1回で通ります。気持のおちつかないときは長くかかりますが大てい1、2分で通すことが出来ます。こうして、2人の普段着はなんとか間に合わせています。 全く諦めていた縫うことがわたしの手にもどってきたのです。うれしくて、うれしくて神さまに感謝しています。
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