わたしはここに生きた   <盲人会五十年史> 国立療養所大島青松園盲人会五十年史

                   本書をハンセン病盲人に愛と理解を寄せられた多くの人々に捧げる

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第2部 「灯台」の群像

 第3章 絆

 32 島のゲートボール          松 本 たまき

 青松園にゲートボール・クラブが出来たのは、確か昭和52年の秋頃だったと思う。ゲートボールといえば、各地の老人クラブで盛んに行なわれており、わたしもテレビで何度か、お年寄りたちが汗を流し和やかに練習をしている様子を、聴いたことがある。
 青松園でのゲートボールの起りは、奄美大島から来られている職員の方が知っていて、日頃部屋にこもりがちなわたしたちに、リハビリの一環として発案されたとか聞いている。園内放送を通じて、ゲートボールの講習会があるから希望者はグランドに集るように、と呼びかけがあった。だが、スポーツは自分の不自由度からみて無縁の感じで、参加はもちろん見に行く人も少なかったようであった。
 それから、どれだけの空白があったのかよく分らないけれど、俄然盛り上り、熱中するようになった。狭い大島の1つしかないグランドに、2つもコートを作り、本当に朝早くから夕方まで、笛が鳴り、球を叩く音がひびき、野次や笑いが入りまじって、グランドがにぎわっている。おかげで職員のお子さんたちのキヤッチボールや、看護婦さんたちのバレーボールやテニスの練習が、隅っこの方に追いやられた形になってしまっている。
 わたしの夫は白内障の手術をしているし、手足にもかなりの障害があるけれども、初めから入会させてもらっている。太り過ぎのせいもあって何をするにも頑張りがなく、すぐにへたばってしまっていた。また風邪も、寒くては引き、夏も自分の汗で引くというような状態で、1年の大半は風邪を引いており、時どき熱を出しては寝こんでいた。それがゲートボールをやるようになってからおなかも大分ひっこんできて、若い看護婦さんに、少し痩せたんじやないの、と言われ、本人もちょっと気をよくしているが、本当に大した風邪も引かなくなり、元気になったように思う。
 きょうも昼食を済ますと手早く身支度を整え、テレビのチャンネルをわたしが聴くドラマに合わせ、コタツのスイッチを確かめてから、行ってくるぞ、といつものように出て行った。わたしは、元気そうにいそいそと出かける夫を送り出しながら、本当にいい遊びが出来たものだと喜んでいる。この間も、注文していた新しいスティックが届いた時など、
  「今度は一番えエのが当ったぞ」
 と、嬉しげに持って帰って来た。しばらく眺めていたかと思えば、カチンカチンと威勢よく、かけ声をかけながら何度か素振りをして、調子をみているようであった。
  「お前もこれにさわってみてみィ」
 と、わたしの方に突き出した。嬉しそうに説明するのを聞きながら、それをほっぺたでさすってみたり、あっちこっち舐めてみたりした。ゲームの内容は余り知らないけれど、こんな本の槌で球を叩くのがあんなに楽しいのかなアと思いながら、
  「本当にええのが当って良かったなア」
 と、夫の嬉しそうな様子にわたしも嬉しくなっていた。
 雨が降らない限り毎日のようにグランドに出かけて行く。たまに休めば、どうしたのか、と皆さんが心配してくれ、道であえば、きょうも来いよ、と声をかけてくれる。今まで余り親しくなかった人とも、すぐに友だちになってワイワイやっている。お茶の席など、必ずといって良いほどゲートボールの話しに花が咲く。わたしはゲートボールを知らないし、見ることも出来ないけれど、にぎやかな自慢話しや失敗談など側で聞いているだけで、わたしまで楽しくなってくる。
  「思わん活躍したときなどネ、まるで子供のように嬉しそうな顔をしているんよ」
 と、誰かが耳許で言ってくれた。わたしは夫の喜んでいる笑顔が見えるようで、思わず声を出して笑った。体にはいいし、皆で仲良く楽しめるスポーツに、わたしも感謝したい気持である。
 昨年だったか、九州二園からそれぞれゲートボールの指導に来られたことがあった。両園では他流試合を行なったり、外部のお年寄たちと親善試合なども行なっているそうである。青松園では、花の名の桜、すみれ、浜木綿、りんどう、野ばら、あざみ、コスモスなどのチーム名を付けて、練習や試合をやっており、。時には気分を変えて県対抗試合などもやっているようである。
 季節風の強い日など水洟をすすりながら、寒い寒い、と言って帰って来、夏は真っ黒になって汗じくじくで帰って来る。でもわたしは、夫が今の健康を保ち、太陽の下で皆と楽しくゲートボールが続けられることを、心から願っている。

  




「わたしはここに生きた」大島青松園盲人会発行
昭和59年1月20日 発行


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