わたしはここに生きた   <盲人会五十年史> 国立療養所大島青松園盲人会五十年史

                   本書をハンセン病盲人に愛と理解を寄せられた多くの人々に捧げる

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第2部 「灯台」の群像

 第4章 生きる

 41 わたしは杖          松 野 鏡 子

 わたしの名は杖と申します。生れ故郷はうら山の雑木林です。曲って、ひねくれたものたちは、みんな切られて炭になり、おそらく今ごろは灰となって、地上に住んではいないでしよう。
 それにひきくらべて、わたしはまっすぐに伸びたせいで、人間さまにほめられて、杖となりました。今の主人のところにきて、もう5年にもなります。まことに、しあわせものです。主人にあいされ、わたしが主人の手からはなれたら、たいへん、心配してくださいます。
 わたしは、キセルの吸い口を靴のかわりにはいて、世をわたり歩く逆さの人生です。主人もまた、かなしい境遇に生きておられます。わたしは主人の不自由に同情し、主人がわたしをあいするように、わたしも主人を愛しております。わたしの役目は主人の道あんないで、まことに責任重大です。きょうもぶじに、わたしは、治療室やお風呂場へいってきました。きのうは、教会へいって、外で待っているあいだに雨がふり、ぬれネズミになってしまいました。しかし、辛いとはおもいませんでした。
 主人には、わたしの知らない目があるのでしょうか。天国が見える、と申しております。「わが目は、はや、主の救いを見たり」(ルカ伝2章30節)。それで、神さまによくお祈りをしており、毎日イエス様とおはなしをしております。ですから、主人はぜんぜんメクラではありません。わたしには神さまは見えません。主人は、わたしよりも幸福です。カーン カーン カーン………鐘の音がきこえはじめました。教会の鐘です。主人のお供をして出かけることにいたします。

  




「わたしはここに生きた」大島青松園盲人会発行
昭和59年1月20日 発行


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