わたしはここに生きた   <盲人会五十年史> 国立療養所大島青松園盲人会五十年史

                   本書をハンセン病盲人に愛と理解を寄せられた多くの人々に捧げる

目次 Top


第2部 「灯台」の群像

 第4章 生きる

 49 足の骨折          松 本 たまき

わたしが夫といっしょに盲友の小島さん宅に遊びに出かけ、玄関を上って1歩あるいたとき、何か踏みつけたような気がしたので、あわててしゃがみ込み、右の足裏をさすってみましたが、何も踏みつけてはいません。もしかしたら、片方にばかり靴下を重ねてはいたのでは……と思い、確かめてみましたが、そうでもなく、何か不安なものが胸をよぎりました。早く見てもらわなければ……と足を引きずるようにして小島さんの部屋にはいり、靴下を脱いで見てもらいました。すると、靴下のゴムがくいこみ、くるぶしが赤く腫れ、足首の上の方まで腫れているとのことです。夫は、靴下のゴムがきつすぎたのではないか、と言いましたが、わたしは思いあたることがあり、はっとしました。
 それというのは3月にはいって大分暖かくなり、盲人会のバスレクリエーションが4月の末に予定されていましたので、足をならしておこうと思い、3日か4日おきに、夫のぶかぶかの長靴をはいて、庭の物干竿に手をかけ、活発に足跡みなどの運動をくりかえしやっていたのです。夫からは、そんなことしていたら、足をいためて、泣かないかんようになるぞ、と注意されましたが、それには耳もかさず、むしろ全身の運動が出来て爽快な気持でした。ときおり足首や踵などに踏みたてられない痛みが走ったり、筋ばった感じはありましたが、なれない運動をしたせいだろう、と気にもしていませんでした。
 何日か経って、いつもはいている大きめのレインシューズがはきにくくなり、脱ぐときにもなかなか脱げないのに、自分の足が腫れているとは気がつかず、盲友の靴と代えて来たのではないか、と見てもらいましたが、やはりわたしの靴でした。変だな?とは思いましたが気にもとめず、治療棟や盲人会にと歩きまわっていました。
 今から思えば、変な痛みがあったり、あんなに靴を苦労してはきながら、どうして診てもらうことをしなかったのか。いくら麻痺しているとはいえ、自分の無神経さ、鈍感さに腹がたちました。
 丁度その頃、月に1度ではありましたが、愛生園から整形外科医の橋爪先生が診察に来られていましたので、早速診察を受け、レントゲンを撮ってもらいました。結果は、指のつけ根と踵の2か所骨が折れ、おまけにつぶれてしまっているとのことで、先生も驚いておられました、1週間か10日もすれば腫れもひき、よくなるものと楽観していたわたしは先生の説明を聞き、体中の血が引くのを覚え、頭は混乱し、とり返しのつかない後悔で胸が痛み、全身が小きざみにふるえ出しました。どんなに悔んでみても、のがれられない現実がやりきれない気持となって、わたしを責めたてるのでした。わたしの動揺を静めるように、優しく親切に説明をして下さる先生に、深い信頼を覚えました。ギブスを巻いてもらい、車椅子で寮に連れて帰ってもらいましたが、それにしても、こんなに骨がもろいことに自分ながら驚きました。
 それからの毎日、座布団にお尻を乗せ、膝や手に傷をしないように、少しずつすべらしながら、7、8米先にある共同便所や洗面所に通うのは、考えていたよりずっと大変なことでした。早く便所にだけでも歩いて行けるようになりたいものと願いながら、くる日もくる日も、部屋の一か所で坐ったり横になったりするだけで、働くことの出来ない自分が情けなく、みじめに思えました。そして、自分が足を患ってみて初めて、足の悪い人の辛さや日常生活の不自由さを知りました。それにつけても、各個室に便所があればどんなに楽だろう、とつくづく感じました。
 わたしは目が見えなくなってから、この上手や足を悪くしては自分が不自由するのだからと、小さな傷も大事にし、早く治すように努めてきたのに、自分の、不注意から、こんなに足をいためてしまい、なんとも残念でたまりません。目が見えない上に足を悪くして、これからの生活のすべてが半減されたように感じ、暗い気持ちになることもありました。多くの方がわたしのことを心配して、声をかけ、元気づけて下さっとことは、涙の出るほど有難く嬉しいものでした。
 あれから1年余り過ぎましたが、橋爪先生のお蔭でむずかしい骨折もよくなり、変形した足に無理のいかないよう、歩きやすいようにと工夫して補装具も作って頂き、今ではぼつぼつ歩けるようになりました。橋爪先生はお忙しい中を月に2日わたしたちの青松園に来て下さっており、手足の整形手術やその他の治療で、多くの人が恩恵に浴しています。いつまでも先生がわたしたちの園に来て頂けることを、心から願っております。

  




「わたしはここに生きた」大島青松園盲人会発行
昭和59年1月20日 発行


Copyright ©2008 大島青松園盲人会, All Rights Reserved.