投稿作品
難聴  東條康江さん・・・青松園在住     「青松」629号所収
聴力の徐々に衰え行く我に迫りくる老い抗い難し
眼の見えぬ我に聴力大事なり通気治療を受けて守りぬ
通気する医師もナースも懸命にて通りたるかと聞きて下さる
七十路を歩み初めたる我に来し難聴と言う招かざる老い
失明に加え難聴の我に未だ残されている味覚嗅覚
寂しき運命   松浦篤男さん・・・青松園在住     「青松」629号所収
三月前朝々リハビリに笑顔にて励みゐし友忽ちに亡し
老のみの園ゆゑの運命なれど寂し三日に三人療友逝きて
老のみの入所者三日に三人亡し療園閉づる日も見えてきぬ
仰ぐ空に雲過ぐる迅し相次ぎてわれと齢近き療友の逝く
歌集文集の上梓を急がねばならぬ齢下の友また一人亡きに
来福  政石 蒙さん・・・青松園在住     「青松」629号所収
ハンセン病を病みゐるわれに尽くし呉れし亡き姪に似て子らの優しき
亡き姪の娘三人の母となりぬその都度われに子を見せに来つ
みどり児のころ来たりしが早五歳璃々香療園の廊下を走る
老松の下に散らばる松毬を声あげて拾ふ五歳の璃々香
女童をわが電動車の荷台にのせ職員地区のさくら見て回る

父の杖  桜こと羽さん・・・大阪在住     「くれない」60号所収
もう父に土霊は見えずくれぐれと鎌握りゐし掌が杖をつく
厳しさを面に湛へ取る杖にてようよう立てる父のプライド
母逝きて三年あまりの道程を父は小さく杖つき来たりぬ
ひと気なき逢魔が時に倒れしと転がる父の杖の証言
晩年の父を支へて来し杖に触るれば温もりまだあるような
ともすれば崩れさうなるプライドをしかと支へて来し父の杖
杖をつき父が行きます杖をつき母が待ちます彼岸に立ちて
吾が顔をうつす鏡の中にある父の面かげ母の面ざし
野うさぎの昼寝  山本らつさん・・・大阪在住     「黒曜座」53号所収
くちなしの上枝に留まる蟻二匹天を見上げおり祈るがごとし
野うさぎの昼寝のごとく横たいて芽ぶく緑の息吹を吸い込む
それぞれのそれぞれの背にそれぞれの人生の色を染めて生きゆく
枯れたんじゃなくてやっと人間になれたのよ老ゆるという事は
人が人を殺めんとするその時は生命の奥に千の角出づ
電話帳にかけたき友は誰もいづ己が生命と向き合い語る
「強いね」と言いたる友に言葉返す「泣きながら強くなったのよ」と
咳をするその声の中に母の声ああ吾は確に母の子よ


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