投稿作品
命の灯  東條康江さん・・・青松園在住     「青松」636号所収
友逝きて島の灯りがまた一つ消えて寂しき過疎の療園
賜りし命の灯をば燃やしつつ行き抜きし友いま逝きませり
生まれ日を夫と祝いて今日までを生かされきたる主の聖名讃えん
我が命あと幾何か分からねど主イエスの遠手に委ねて安し
生も死も神の御手に握られている我が生委ねて安し
巡礼の願   松浦篤男さん・・・青松園在住     「青松」636号所収
なほ生きて札所に詣ず癩癒やすと巡礼の願かけて七十年
癩癒やすと巡礼の願かけし七十年前が蘇る札所に来たれば
不治の癩癒やすと本尊のみ前にてお祓ひ受けき十歳なりき
病み重り山家に籠もるべくなり巡礼の願果たせぬままに
巡礼の願かけ給ひし父ありて癩癒え八十歳まで生きたるか
心象風景  政石 蒙さん・・・青松園在住     「青松」636号所収
己が意志にて事を運べるは稀なりしよと振返る生
軍隊に捕虜に療園と己が意志ならぬ流れに流され老いぬ
老ゆるとは心の中の涙壺増えゆくことと君に書きたり
吾と吾がおぞましきまで些細なることに拘り決断鈍る
信じねば裏切らるること無からむに人は寂しも背信に哭く

朝明の足  桜こと羽さん・・・大阪在住     「くれない」69号所収
生真面目なる友と奔放なる吾れの出会ひは十五の春の学び舎
病む友の電話の声か細さに雨見て過ぎぬ昨日も今日も
生真面目の過ぐるがほどにひたに生き五十五の身をひたに病む友
学び舎に共に見し雪二ン月の友と吾れとのあひにぞ降る
癒しなす色や淡雪たまきはる友のいのちの上にこそ降れ
義姉よりか届く草餅ふるさとの春の息吹が箱より溢る
草萌えの息吹を友に届けたく宅急便にて送る草餅
義姉の手をはなれ吾が手にはつか触れ友の手に終ふ草餅の旅
心に紅さす  山本らつさん・・・大阪在住     「くれない」69号所収
枯れたんじゃなくてやっと人間になれたのよ老ゆると言ふことは
だれ人も老い来る日を待ちはせぬ水蜜桃をかじりたき日よ
玻璃の器に光集めて眺めゐる老い深む目に華やげる魂
老い深む己の顔と向き合ひて唇に紅ひく心に紅さす
吾がかほを揺るる水面に写し見る乙女の面影ありやあらずや
掬い取る水面に写る己が貌の老いて崩れしほほの一部を
生と死がこの宇宙の掟 蜘蛛の網に掛かるがごとく待ちかまへをり
六十兆の全細胞を開花させ百歳の生命を生き続けたし

わたしのイーハトーヴ  大坪 冨美子さん・・・北九州在住     
肉筆のインクの痕のまざまざとされに声なき君が号泣
「コハガラナクテモイイ」その声の欲し発症に独りおののくわが耳元に
究極の君が祈りのしたたりを身に深々と「雨ニモマケズ」
弾き鳴らすゴーシュおそばに片時も賢治のセロによぎる幻
熊出でし今朝のニュースに小十郎鉄砲肩にのっしのっしと
ゆったりと草食む牛を見守りてお岩手山は裾長く引く

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