投稿作品
好日  東條康江さん・・・青松園在住     「青松」639号所収
初生りのトマトを夫が朝食の膳にのせくれぬまことに旨し
山畑に生りしトマトの香りよし我の活力となる
一歳と二ヶ月になる孫(まりあ)島を訪いきぬ夏の盛りに
美しき音色奏でるオルゴール気に入りし孫たのしく遊ぶ
夫が読む日課の聖書よく聞こゆ耳の治療受けたる今朝は
妻との永久の別れ   松浦篤男さん・・・青松園在住     「青松」639号所収
化粧されし美しき妻の顔見つめ撫づ花入れて柩の蓋閉づるとき
亡き妻の衣を頬に当てて耐ふ葬り終へこし夜の寂しさに
思い出のそれぞれしるく棄てきれず妻亡き居間の片付かぬなり
妻との三十八年の短かかり口論一つなく過ごしきて
青冴ゆる海見つつ寒風に吹かれをり妻亡き家に足向きがたく
日常  政石 蒙さん・・・青松園在住     「青松」639号所収
内縁の引戸開けられお早うの声して風と新聞届く
締切日過ぎて早くも三日目か集中力を試されてゐる
単純な設問の認知症検査なれども満点とれずに終る
老人は聞こえぬと決めてゐるらしく耳噛むほどに口寄せてくる
文字を読む眼鏡遠くを見る眼鏡取っ替へ引っ替へ日常こなす

丸顔の食器  桜こと羽さん・・・大阪在住     「くれない」72号所収
堕ちゆける快楽ありなむ鳥に蜜吸はたる後を散る花びらに
四月尽あやめの衣を目覚めさせ枝垂れ桜の帯を眠らす
微熱もつ青豌豆の封印を解く厨ここからが初夏
紫のいのち気高く咲くものをあはれ地を擦る藤の花房
チューリップの濃きむらさきの花びらを羽に変へ付けむ堕天使の背に
あやまちて割りたる陶の面丸く肉じゃがの似合ふ食器にありし
キャベツはもレース模様の葉をまとひ兄の畑を蝶が飛び交ふ
赤白の帽子にて乗る遠足の園児は座席に並ぶどんぐり
化石の恋は  山本らつさん・・・大阪在住     「くれない」71号所収
遠き日の化石となりし恋たちを掘り出し詠う六十路のわたし
うす紅のくちびる揺れてこぼれくる愛をささやく言葉ひとひら
片恋の君の影をば踏みゆきてその影の中にしばし抱かるる
恋ふ人の影を踏みても気づかれぬ片思ひとはそんなものゆゑ
君を追ふ君を追へども夢のなか陽炎のやうにあはあはと消ゆ
薄化粧こころにもそっとつけてみる心の中の秘めたる人に
あだ惚れし引くに引かれぬ身となりて嘘を重ねしこの唇で
恋ふゆゑにつきし嘘なりこの嘘は気づけばとろり愛に溶かさる


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