投稿作品
消化訓練  東條康江さん・・・青松園在住     「青松」642号所収
消防車サイレン鳴らし走りくる静かな島の空気ふるわせ
サイレンの音けたたまし訓練の火災と知れど心震えり
消防服まとえる女子職員も加わり園内の消化訓練
大勢で太きホースを握りしめ放水なせるさま頼もしき
協力を感謝し消火訓練の終了を告ぐる園内放送
妻在らぬ部屋   松浦篤男さん・・・青松園在住     「青松」642号所収
帰りて置く鞄が大き音を放つ妻亡く広くひそまる部屋に
妻逝きて一人の部屋のただ寂しテレビの音量自づと上げて
疼痛に呻くきこへてまた目覚む妻逝きてより六月経れど
吾と添ひて悔ひなかりしか遺る妻の写真なべて明るし
自活叶はぬ見ゆゑのけじめとも妻の入籍遂にせざりき
日常断片  政石 蒙さん・・・青松園在住     「青松」642号所収
国立の療園に生きゐるわが暮し不況の世相直に響かず
姪の娘が来りてガソリンの値上がりを嘆くに世相身近くなれり
突然に現れ「ぢいちゃんこんにちわぁ」童 女童笑顔並べて
眠り得ぬわれの傍へにねむり草宵早くより深々眠る
指触れるたびにいちいち葉を閉じて応える(いらえる)草の律義さ愛し

羽実短歌     腕の骨折  寺都文代・・・青松園在住     「灯台」141号所収
国費もて眼の見えぬわれが不自由なく暮らせる幸せよよき世に遇いて
日々励まし給う友いて骨折の腕も早く癒ゆる気がする
骨折せし腕の癒え早し看護師の優しく三度の食も進みて
眠れぬ夜つづきにし目の見えぬ身の転びて腕を骨折せしに
国費もて癒やし給うも不注意にて転びて腕を骨折せしも
眼の見えぬわが手を常にとりくれし手の温かりし夫も世に亡し
神経痛ゆるむか毎夕み堂に打ち祈る木魚の音が身に染む
羽実短歌     育む  東條康江さん・・・青松園在住     「灯台」141号所収
代書して下さる方と呼吸あわせ言葉をたぐりよせ手紙かく
肩と首に針の治療を受けてよりようやく元気取戻したり
ジャスミンの鉢ひとまわり大きくし今年も花を咲かせんと夫は
里親となりて三年を育てきし観音竹を今日植えかえている
太陽と雨の恵みを頂きて実りし西瓜膝に重たし
ヘルペスを病みて十年を経し今もホットパックに身を温むる
合歓の花  桜こと羽さん・・・大阪在住     「くれない」76号所収
白生地に萩の描かれし夏帯が花雫しつつ箪笥に古ぶ
二階家の出窓を占むるドラえもん児らより早く夕虹を見む
友が手をのばせば羽に触れそうな蜻蛉追ひつつ押す車椅子
合歓の花くまなく月に照らされて短き夜をおぼろに眠る
山の井のほとりを占めて手つかずの露草むらの藍こそよけれ
み吉野の川の流れに糸を垂れ昼をまばらに鮎を釣る影
万葉集にかかづらふ書を手に近く置き替へ秋の夕窓を閉づ
われ死なば少しの花を読み解くに飽くることなき万葉集を
墳墓の跡に  山本らつさん・・・大阪在住     「くれない」76号所収
円筒はにわの数多出でたる丘陵は今建ち並ぶ分譲住宅
分譲地と化して住宅つぎつぎと西洋風なり若きが主
墳墓跡とは知るよしもなき人が住みにはか舗装を雷雨のたたく
機械化およばぬ棚田に老人と昔ながらのへのへのもへの
シャワーの音止みて湯舟に浸かりゐる硝子の向かふの子の繭ごもり
話し合ひは平行線のまま終り帰るすり足蝉穴ふさぐ
土の香のつまる小松菜朝市の呼び声に選る青い眼の女
「忌」の符貼る家ひそやかに季移り色褪するまま秋簾揺る


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