投稿作品
補聴器  東條康江さん・・・青松園在住     「青松」643号所収
補聴器を造りもらいて我が暮し耳より学ぶこと多くなる
これからの我が暮しに補聴器はなくてはならぬ物となりたり
補聴器によりてチャペルの鐘の音の昔のごとく甦りきぬ
補聴器で聞く夫の声我が声も常より澄みて清しく聞こゆ
リハビリ室に訓練の声々高く響き我は補聴器をはずしてもらう
妻の納骨   松浦篤男さん・・・青松園在住     「青松」643号所収
新しき白布に包む妻のみ骨抱きて墓所へと車に揺らる
運命と慰めくるれど七歳も下なる妻のみ骨抱くとは
安らかな永久の眠りを祈り納む疼痛九年の果ての妻の骨
癩ゆえに住めざりし故里に今日は帰る妻は一片の骨となりて
病知らぬ少女の妻が駆けたるか田圃の道を骨となり帰る
火影(ほかげ)  政石 蒙さん・・・青松園在住     「青松」643号所収
ゆらゆらとゆらめきながら消えさうで消えぬ灯りに己れ重ねつ
身辺を歌へばとかく身の不自由を嘆くか虚勢張ることになる
利きわるき手をそれなりに役立てる知恵失敗を重ね育てつ
車椅子脚で漕ぎゆく後ろより押しませうかと声かけられる
無汗症われは三十五度の暑さに脅え冷房の部屋出でゆけず

五箇山の旅  桜こと羽さん・・・大阪在住     「くれない」73号所収
雪深き合掌造りの里の辺に辛夷の花が咲けば春とふ
のびらかに帰る鳴き鳴く五箇山の田に初夏の水の張る
旅の荷をほどき夕餉のいろり端にあまご六匹焼かれてをりぬ
温泉につかり百まで数へゐる幼の声に合わせてわれも
五箇山の漆黒の夜をあはあはと合掌造りの窓に灯点る
民宿のいろりの余燼なほ燃えて平氏の裔が昔語りす
こきりこの音色澄みつつ五箇山の月なき夜の森かげに消ゆ
芝刈りに行く爺さまに会ひさうな合掌造りの山里の朝
母の追憶  山本らつさん・・・大阪在住     「くれない」73号所収
羊水に漂ひ六月へその緒を伝ひて母の慟哭を聞く
男らに混じりツルハシ降ひたり無学の母は生き抜くために
母と二人ミシンを積みしリヤカーを引いてくぐりぬ質屋の暖簾
母よ母あなたの強き魂に触れたる我は宿命に挑む
我を捨て愛しき男へと走りたる母の思ひ今わかる歳
六十路を過ぎなつかしき人そはあなたの胸で幼児になりたい
咳をする我が声の中に母の声われは確かに母の子なるよ
母に似し唇を鏡に写し見て「強く生きよ」と己に言ひき


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