詩と詩集の紹介
第15詩集 「記憶の川で」
「記憶の川で」より
見 る
初冬の風にふるえる木の葉のように
わびしかった日
あなたがやさしくしてくれたので
私はおりおりあなたを見るようになった
それまであなたは巷の人の群の中から出て来はしなかったのに
いま
レンズの中におさまった人を見るように
よく見ると
あなたは水蜜桃の匂う頬をもっている
深く黒いぬれた瞳をもっている
さんごの唇は蕾のようにしまっている
それにもまして優しい心をもっているのだ
私はなぜ
この人を見ないで過ごすことが出来たのだろう
人はなんとうかうかと過ごすことか
かたわらにどんなにいいものがあっても
見ようとしなければ
なにも見えはしない
見る
この人に与えられたひとつのしぐさのなんと
豊かなことか
そして私は今日見る故に
どっぶりと充たされている己をみるのだ
後記より
人は多くの記憶をもっていて、それは思い出として浮かび上がったり、忘却の中へ沈んでいったり致しますが、忘却の中へ沈んでゆくことさえ、それが在ったということを消しようのない、証となるのです。
この詩群は、そんな多くの記憶をふまえて書きましたもので、日々の現実とかさなり、どれもみな日常のなりわいのなかに見られるものですが、そうは言ってもこの中の作品はみな、私だけの思いであり、私だけの記憶ですので、誰も代わって書くことのできないものです。そういう意味ではやはり書きとめておくべきことであると思うのです。
この詩集は私の15冊目の詩集で、私としては、ここまで書きつづけてこられたことを喜ぶべきことと、なにものかに感謝しております。
この詩集について
全41篇で、1998年に出版された第15詩集です。
この詩集で、第29回高見順賞受賞を受賞しました。
でじたる書房にて、電子書籍として入手可能です。
ここでも随時ご紹介していきますので、お楽しみに。
メモ
1998年3月15日、編集工房ノア発行。絶版。
装画・西脇洋子・・・画家(塔さんの読者)
2008年3月24日、でじたる書房より電子書籍として発行。