後記より
私にとってこのかけがえのない一回きりの生は、遠い始祖からの血の流れの中で、生まれ死に生まれ死に、際限もなく受けつがれてきた、ひとつぶの胤(たね)によって存らしめられ、また歴史の中へ流れ去って行く生存への時間の中の、一小単位の時間帯の中にあるにしかすぎません。
そして私にとってこの貴重な生は、その生を得た瞬間からすでに死が約束されていて、死までの距離をこのばくとしたものながら向こうに見える死の不安「産褥で交わされた生と死の調印が鮮やかに占める領土は私」と「領土」という詩の中で記しましたように、産まれたと同時に、このぬきさしならない運命を自分の中にもって、ひとり歩んでゆかなければならない生の孤独を背負わされたものとして、その生誕の第一日から人が背負って生きている現実を見つめることによって、日々の生活の中から産まれ出た作品です。
大岡 信先生の帯文より
塔和子の新詩集は私を静かな興奮でみたす。この詩人は自分の本質によってのみ詩を書いている。彼女の詩が透徹しているのはそのためだ。ここには混濁も軽薄も無気力もない。悲しみや絶望を見つめ尽くした人の前で、身のまわりの一切の事物は、なんというかけがえのない命の露となって光っていることだろう。終生の病を養って瀬戸内海の島で暮すこの詩人は、生と死がぴったり結び合ってみのらせた艶やかな果物にも比すべき詩集を作った。これは静かに長く読みつがれてゆくことだろう。
この詩集について
全55篇で、1976年に出版された第4詩集です。
「でじたる書房」より電子書籍として入手可能です。
ここでも随時ご紹介していきますので、お楽しみに。
第3詩集「エバの裔」以降のもので、詩誌「黄薔薇」(永瀬清子さん主催)、「樫」(三木昇さん発行)、「白翔」(麻生知子さん発行)に発表された作品と、未発表のものが収められています。
この詩集が発行される前年に塔さんが師とあおいでいた村野四郎先生がお亡くなりになられました。
塔さんが詩を発表していた詩誌「黄薔薇」の主催者、永瀬清子さんが跋文を書いてくださったこと、また「エバの裔」をH氏賞に強く押してくださった大岡信先生が題字を書いてくださったことが思いがけず嬉しかったそうです。
メモ
1976年3月25日、蝸牛社発行。絶版。
題字・帯文・大岡 信
装幀・渡辺 隆
跋文・永瀬清子
2007年7月4日、でじたる書房より電子書籍として発行。