詩と詩集の紹介
第5詩集 「聖なるものは木」
「聖なるものは木」より
暮色の中で
空は朱の色
海も朱を流して
なめらかに光るちりめん
そのほかはなにもない
突然きらっと水面にはね上って
姿を見せた魚がある
後はただ
暮色がすべてをおおいかくすのみだ
私は
飛び上がった魚だったことがあるか
その姿を
人のひしめく世間の海の
水平線上へ
姿を現したことがあるか
私はいま
漠然と
暗い穴のふちに立つように
暮色の中に立って
魚たりうるか魚たり得ないか
広がる水平線の向こうの
長い沈黙の果てにある
一瞬の飛翔
飛翔の後の
ぞっとしたわびしい静かさに
堪えしのぶ幻影を
見つめつづけている
後記より
闇と光と闇と、いま在るということは、産まれない前の闇と、存在を顕(あらわ)にしている光の時間、そして、やがて死滅し帰るであろう、闇の間に置かれている、しばらくの光の中にいる、また在らされていることの不思議さ、生きていることはなぜ光の中の時間なのだろう、という初発の問いの中を模索しながら、おりおりに書きましたもので、この答えのない問いは、かつて「療養文芸」(NHKのラジオ番組でした)で、いまは亡き村野四郎先生に出会い、ご指導とはげましを受けながら詩作していた頃からの私の課題のひとつで、今もまだ模索のうちに書きつづけているものです。
大岡 信先生の帯文より
塔和子の詩にはいつも問いが響いている。問うことがそのまま彼女の詩の幹となり樹液となり花や実となった。病のため半生を島の療養所に暮らしてきた彼女には、みずからの生死について、存在することの意味について、問うべきことは限りなくあった。私がうたれるのは、彼女の問いが、その根拠の深さと思いの純一さゆえに、ついに深く広いやすらぎと静けさにまで達し、詩をふかぶかと息づかせるという事実である。この詩集の「玩具」「見なかったものは」「母胎」「食べる」「錨」などを読む人は私に同意してくれるだろう。しかもその静けさの背後には、「嘔吐」にみられるような峻烈な怒りのあることも、忘れることはできない。
この詩集について
全45篇で、1978年に出版された第5詩集です。
「でじたる書房」より電子書籍として入手可能です。
ここでも随時ご紹介していきますので、お楽しみに。
第4詩集「第一日の孤独」以降のもので、詩誌「黄薔薇」(永瀬清子さん主催)、「樫」(三木昇さん発行)、「戯」(扶川 茂さん発行)、「木馬」(麻生知子さん発行)その他に発表したものに未発表作品が収められています。
メモ
1978年8月30日、花神社発行。絶版。
帯文・大岡 信
2007年7月13日、でじたる書房より電子書籍として発行。
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